2009年11月26日 (木) | 編集 |
はい。今日からお仕事
再開です。
早朝から 頑張って行きました、生駒まで(近いやん)。
小学校での学校公演でした。
可愛い小さい子を前に
千の風にのって(歌付き)や、トトロや、おどるこねこ、等等の
プログラムは 今のアタシには ちょっと ぎくり
...的なのですが
みなさんの いろんな温かいお心遣いにより
今日は なんとか 頑張って演奏できました。
泣かなかったし。(←よくできました)
小さな子供達の 楽しそうな笑顔は 癒しでしたし
頑張んなきゃ と励みにもなりましたし
jojo君にも 届け!
と 頑張れました。
みなさん、ありがとうございます

今日も なんでか 暖かかったし...
山間部の学校の体育館での本番だったから
暖かくて ほんと助かりました。
帰りの電車では ぼぉぉぉぉぉぉっとしながら
生駒山の綺麗な紅葉を ぽかぽか お日様にあたりながら
なんとはなしに ずっと眺めていました。
(いつもは 車内では 本を読んでいるのですが)
あぁ...
jojo君のお葬式の日も こんなポカポカ陽気
だったなぁ...
あららら...また こんな風に考えてしまっています
でも 今日はまだ泣いてない。
かわりに 手を休めた瞬間から 脱力感、空虚感
でいっぱいになってしまってはいるけれど...。
こうして 時間の経過とともに 心は落ち着いてゆくものなんだろうか...
そう...
今までだって とても辛いことや悲しいことがあったとき
そうして きたんじゃない....。
時間が味方。 時間がお薬。
でも 毎回 その真っ最中には ほんとかな?そうだったかな?って
わかんなくなって とっても苦しかったりなんだった。
jojo君のトイレの中をのぞいてみたら
最後に入ろうとして 上半身しか入れなかった日のまんまだったので
全く汚れてはいないのだけれど
可愛い でっかい 前足のあとが お砂についていた。
お掃除して お砂をいつも平らに しておくんだけど
そこに ふたぁつ 足跡が ついていた。
最後にトイレに来たのは 亡くなる前の前の夜だったんだ。
病院から帰って 30分後くらい...(病院にいたのは12時間)
おうちのトイレまで ちゃんと我慢してたんだよね、
よろよろだったけど 自分でちゃんと歩いていったんだよね。
でも またぎきれなくて 上半身だけ 入って 初めて トイレの外に
しちゃったんだよね。
でも 頑張ったんだ、jojo君。
翌日(亡くなる前日の夜)も おうちまで おトイレ 我慢したけど
(この日は 病院滞在 10時間)
もう おトイレまで歩くことは 全然 できなかったんだ。
ケージの中で しちゃった、jojo。
でも おうちまで しっかり我慢したんだよね。
えらいよ、おりこうさんだよ、
すっごい頑張ったよ、jojo君。
歩けないくらい弱っていたのに 最後までそこんところ、
貫きとおしたんだもん。
かーちゃん(アタシ)も がんばんなきゃ。
jojo君が 一番苦しかった最後の数日、
忙しいかーちゃんは 長い時間一緒にいてあげられなくて
本当に本当に本当に ごめんね
亡くなる前の夜から 最後に病院に行くまでは
やっと ずっと長い時間 一緒にお布団で寝たよね。
ずっと 一緒にいられたよね。
ごめんね、ごめんね
あ、あかん また 涙...。
再開です。早朝から 頑張って行きました、生駒まで(近いやん)。
小学校での学校公演でした。
可愛い小さい子を前に
千の風にのって(歌付き)や、トトロや、おどるこねこ、等等の
プログラムは 今のアタシには ちょっと ぎくり
...的なのですがみなさんの いろんな温かいお心遣いにより
今日は なんとか 頑張って演奏できました。
泣かなかったし。(←よくできました)
小さな子供達の 楽しそうな笑顔は 癒しでしたし

頑張んなきゃ と励みにもなりましたし

jojo君にも 届け!
と 頑張れました。みなさん、ありがとうございます


今日も なんでか 暖かかったし...
山間部の学校の体育館での本番だったから
暖かくて ほんと助かりました。
帰りの電車では ぼぉぉぉぉぉぉっとしながら
生駒山の綺麗な紅葉を ぽかぽか お日様にあたりながら
なんとはなしに ずっと眺めていました。
(いつもは 車内では 本を読んでいるのですが)
あぁ...
jojo君のお葬式の日も こんなポカポカ陽気
だったなぁ...あららら...また こんな風に考えてしまっています

でも 今日はまだ泣いてない。
かわりに 手を休めた瞬間から 脱力感、空虚感
でいっぱいになってしまってはいるけれど...。
こうして 時間の経過とともに 心は落ち着いてゆくものなんだろうか...
そう...
今までだって とても辛いことや悲しいことがあったとき
そうして きたんじゃない....。
時間が味方。 時間がお薬。
でも 毎回 その真っ最中には ほんとかな?そうだったかな?って
わかんなくなって とっても苦しかったりなんだった。
jojo君のトイレの中をのぞいてみたら
最後に入ろうとして 上半身しか入れなかった日のまんまだったので
全く汚れてはいないのだけれど
可愛い でっかい 前足のあとが お砂についていた。
お掃除して お砂をいつも平らに しておくんだけど
そこに ふたぁつ 足跡が ついていた。
最後にトイレに来たのは 亡くなる前の前の夜だったんだ。
病院から帰って 30分後くらい...(病院にいたのは12時間)
おうちのトイレまで ちゃんと我慢してたんだよね、
よろよろだったけど 自分でちゃんと歩いていったんだよね。
でも またぎきれなくて 上半身だけ 入って 初めて トイレの外に
しちゃったんだよね。
でも 頑張ったんだ、jojo君。
翌日(亡くなる前日の夜)も おうちまで おトイレ 我慢したけど
(この日は 病院滞在 10時間)
もう おトイレまで歩くことは 全然 できなかったんだ。
ケージの中で しちゃった、jojo。
でも おうちまで しっかり我慢したんだよね。
えらいよ、おりこうさんだよ、
すっごい頑張ったよ、jojo君。
歩けないくらい弱っていたのに 最後までそこんところ、
貫きとおしたんだもん。
かーちゃん(アタシ)も がんばんなきゃ。
jojo君が 一番苦しかった最後の数日、
忙しいかーちゃんは 長い時間一緒にいてあげられなくて
本当に本当に本当に ごめんね

亡くなる前の夜から 最後に病院に行くまでは
やっと ずっと長い時間 一緒にお布団で寝たよね。
ずっと 一緒にいられたよね。
ごめんね、ごめんね

あ、あかん また 涙...。
2009年11月25日 (水) | 編集 |
涙を流す回数は ちょびっとだけ減ったようにも思うけれど
1回ごとの「泣き」が嗚咽に変わってきた気もする
今日は お天気 大丈夫
になってきたけれど
テニスは お休みした。


したら 気分転換になるかな とか
そうして 元気に動いてる方がjojoが喜んでくれるかな とか
色々 考えたけど...行くの やめた。
テニスしてて 突然 泣き出したりしたら
一緒にやってる人達が きっとびっくりするだろうし
迷惑かけちゃうかも だし
喪に服する...というか お家にいることにした。
午前中のブログにも書いたように
色々してても やっぱ だめ。
なんでも なんにつけても jojoだらけなアタシの生活。
なんにも食べられなくて なんだか疲れてしまって
少しお昼寝でもしてみようかと
お布団に入ったら またすごくすごく悲しくなって大泣き...。
そのまま 泣きつかれて しらない間に少しばかり眠ってたようだ。
ふと目が覚めて ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
なにか 食べとかなきゃ と
両親がくれた小さな可愛いケーキがひとつ残ってたので
冷蔵庫をあけたら 別のお皿を 落として割ってしまったよ
あー もうー なにやってんだか...。
練習もできてなかったし ふらつくしで お稽古その2も今日は休んで
でも 食材が足りないから 頑張ってお買い物に出かけることにした。
運転
、気をつけなきゃ
夕方、外にでると 曇っていた今日だったのに
jojo君のお墓の方向の山の向こうが 綺麗な夕焼けだった。
jojo君を見送った(お葬式?)の日も 夕方 とっても綺麗な夕焼けだったんだ。
ちょうど 夜と昼のはざま...っていうか、
すごく綺麗な夕焼け空に 綺麗なお月様とお星様もいて。
あぁ...jojo君がお空に行くこの日の空が
こんな綺麗でよかった。
青空と白い雲が美しくて
ぽかぽかあったかくなった午後。
そして 美しい夕方の空。
アタシは これからも こんな空を見るたびに
この日のことを思い出すんだろうな。
綺麗な夕焼け空や
このあたりの 山々の紅葉交じりの風景...
をみるたびに...。
明日からお仕事がまたスタートです。
しょっぱなは 近所 生駒のとある小学校での公演です
実は 可愛い子供達を目の前にし
しかも 予定されているプログラムには
千の風にのって(歌付き)や トトロなどもあって
(トトロってjojo君と似てる気がして)
アタシ、やばい!
小学生の前で泣きながら演奏になっちゃったら どうしよう〜
って 思ってた。
でも いろんな方からいただいた 弔メールの中に(ありがとうございます
)
音楽のお友達から 昨夜 このようなメッセージをもらって...
tomoさんが音楽を愛していらっしゃるなら
いっぱいのいろんな思いを 音でたくさん表現してください。
jojo君に 届くようにいっぱい奏でてください。
笑顔で おはよう♪っていえる日に
jojo君は大喜びしてると思います。
って。
このメッセージをくださった方は
「偉そうなこと言ってしまって申し訳ありません」と
書き添えてくださっていましたが、そんなこと 全然!!!!
「はっ!」としました。
もう一人のお友達からは jojo君は ずっと tomoさんの音を聴いて
過ごしてきたんですよね....云々...と。
明日からのお仕事やライブに向けてのアタシの気持ち...
少し...救われた気がしました。
そうか...アタシ....
細かい気持ちの流れは
また別の機会にここに記すことができれば と思いますが、
そうか...アタシ...でした。
明日は やっぱり ちょっと くすん
となることもあるかもしれないけど
そういう気持ち忘れないで 頑張ってサックス吹いてこようと思います。
これから年末にかけて 色々あるお仕事やライブも そう...
さらに 深い気持ちを込めて 音を奏でられるよう
精進してゆきたいと思います。
そう思えたこと....
○ろー様、 ○っちゃん様、本当にありがとう
まだまだ メソメソ
は なおらないけど
ちょっとずつちょっとずつちょっとずつ 頑張っていってみよう...カナ。
と思えた 今日の夕方....デシタ。
1回ごとの「泣き」が嗚咽に変わってきた気もする

今日は お天気 大丈夫
になってきたけれどテニスは お休みした。



したら 気分転換になるかな とか
そうして 元気に動いてる方がjojoが喜んでくれるかな とか
色々 考えたけど...行くの やめた。
テニスしてて 突然 泣き出したりしたら

一緒にやってる人達が きっとびっくりするだろうし

迷惑かけちゃうかも だし
喪に服する...というか お家にいることにした。
午前中のブログにも書いたように
色々してても やっぱ だめ。

なんでも なんにつけても jojoだらけなアタシの生活。

なんにも食べられなくて なんだか疲れてしまって
少しお昼寝でもしてみようかと
お布団に入ったら またすごくすごく悲しくなって大泣き...。
そのまま 泣きつかれて しらない間に少しばかり眠ってたようだ。
ふと目が覚めて ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

なにか 食べとかなきゃ と
両親がくれた小さな可愛いケーキがひとつ残ってたので
冷蔵庫をあけたら 別のお皿を 落として割ってしまったよ

あー もうー なにやってんだか...。
練習もできてなかったし ふらつくしで お稽古その2も今日は休んで
でも 食材が足りないから 頑張ってお買い物に出かけることにした。
運転
、気をつけなきゃ
夕方、外にでると 曇っていた今日だったのに
jojo君のお墓の方向の山の向こうが 綺麗な夕焼けだった。
jojo君を見送った(お葬式?)の日も 夕方 とっても綺麗な夕焼けだったんだ。
ちょうど 夜と昼のはざま...っていうか、
すごく綺麗な夕焼け空に 綺麗なお月様とお星様もいて。
あぁ...jojo君がお空に行くこの日の空が
こんな綺麗でよかった。
青空と白い雲が美しくて
ぽかぽかあったかくなった午後。
そして 美しい夕方の空。
アタシは これからも こんな空を見るたびに
この日のことを思い出すんだろうな。
綺麗な夕焼け空や
このあたりの 山々の紅葉交じりの風景...
をみるたびに...。
明日からお仕事がまたスタートです。
しょっぱなは 近所 生駒のとある小学校での公演です

実は 可愛い子供達を目の前にし
しかも 予定されているプログラムには
千の風にのって(歌付き)や トトロなどもあって
(トトロってjojo君と似てる気がして)
アタシ、やばい!
小学生の前で泣きながら演奏になっちゃったら どうしよう〜

って 思ってた。
でも いろんな方からいただいた 弔メールの中に(ありがとうございます

)音楽のお友達から 昨夜 このようなメッセージをもらって...
tomoさんが音楽を愛していらっしゃるなら
いっぱいのいろんな思いを 音でたくさん表現してください。
jojo君に 届くようにいっぱい奏でてください。
笑顔で おはよう♪っていえる日に
jojo君は大喜びしてると思います。
って。
このメッセージをくださった方は
「偉そうなこと言ってしまって申し訳ありません」と
書き添えてくださっていましたが、そんなこと 全然!!!!
「はっ!」としました。
もう一人のお友達からは jojo君は ずっと tomoさんの音を聴いて
過ごしてきたんですよね....云々...と。
明日からのお仕事やライブに向けてのアタシの気持ち...
少し...救われた気がしました。
そうか...アタシ....
細かい気持ちの流れは
また別の機会にここに記すことができれば と思いますが、
そうか...アタシ...でした。
明日は やっぱり ちょっと くすん
となることもあるかもしれないけどそういう気持ち忘れないで 頑張ってサックス吹いてこようと思います。
これから年末にかけて 色々あるお仕事やライブも そう...
さらに 深い気持ちを込めて 音を奏でられるよう
精進してゆきたいと思います。
そう思えたこと....
○ろー様、 ○っちゃん様、本当にありがとう

まだまだ メソメソ
は なおらないけどちょっとずつちょっとずつちょっとずつ 頑張っていってみよう...カナ。
と思えた 今日の夕方....デシタ。
2009年11月25日 (水) | 編集 |
昨日 おでかけした帰りに 買いました。
ハロウィン
が終わって 街は早々とクリスマス
の装飾。
うちには 小さい子供はいないけれど
なにか ちょっとしたクリスマス気分
を〜 とずっと思っていました。
玄関に飾りました、これ。

小さいものです(笑)。だって 500〜600円くらいだし(笑)
少しでも 気分がかわるかな と思ってのことでした。
でも jojo君がいる間に 飾ってあげればよかったかな...
と また 涙。 ほんまに アタシって....

仕事が忙しいクリスマスも帰宅してから...
なにも予定がなかったクリスマスは ずっと一緒に...
やっぱり この子と クリスマスしていました。
あまり甘いものを食べない系のアタシですが
シュークリームは好きなので 買って帰って
この日ばかりは jojo君にも ちょっとだけクリームをおすそわけ
二人で仲良く ひとつのシュークリームを かじかじしながら
ほっとカーペットの上で コロンコロンしながら
一緒にクリスマス してました。
今年は パパちんと3人で だったのにね...。
お正月も だよ...。
残念だね、jojo君...。
少し前に あごに 腫れ物ができ
癌かもしれないといわれ アタシは泣いたけど
全然 元気にしていて 気にする様子さえもなかったjojo。
年は一緒に越せるかな と思っていた。
まさか、12月を迎えることさえ できなくなるなんて....
思ってもみなかったよ
でも まだ体験したことのない 新しいお家での真冬は
すっごいすっごいすっごい寒い
と聞いていたし、
そんなに すごく寒くなってから 体が悪くなってしまったら
きっと もっともっと 辛い思いをしなくてはならなかっただろうし...
とも 思ったりする。
キッチンでお料理するときも
玉ねぎやおネギが かけらでもとんでしまわないように気をつけて、
アタシの手に そういうのがついていないように
気をつけながら 近寄るjojoの頭を撫でて、
油や熱いお湯がとばないように 気をつけながら
お料理していました。
アイロンがけも 一切邪魔はしないjojoだったけれど
本当に気をつけて 気をつけて 作業したものでした。
こうして パソコンにむかっているときも
トコトコとやってきて 必ず 見上げて 「にゃあ」と言った。
アタシが パソコンに集中しすぎていると
大きなおててで とんとん とんとん とアタシの足をたたいたjojo。
塩分なしのだしじゃこ や かつおぶし 牛乳が減らなくなった
jojoくんの 使っていた 食器も ケージも タオルもひざかけも
いろんなもの まだまだ かたづけられそうにはない。
トイレは 最後にお掃除をしてからは
jojo君は もうトイレまでいけなくなっていたので
きれいなまんま....。
最後にjojo君を寝かせてあった場所、
一緒にいるときは あんまりわかんなかったけど
jojo君のにおいがする

でも それは 通っていた病院やお薬の匂いでもあるんだけれど。
だんだん そんな匂いも 日ごとに薄れてゆくかんじ。
やだな。
すごくやだな。
まだ だめ....
アタシ、全然 だめだ....
ハロウィン
が終わって 街は早々とクリスマス
の装飾。うちには 小さい子供はいないけれど
なにか ちょっとしたクリスマス気分

を〜 とずっと思っていました。玄関に飾りました、これ。

小さいものです(笑)。だって 500〜600円くらいだし(笑)
少しでも 気分がかわるかな と思ってのことでした。
でも jojo君がいる間に 飾ってあげればよかったかな...
と また 涙。 ほんまに アタシって....


仕事が忙しいクリスマスも帰宅してから...
なにも予定がなかったクリスマスは ずっと一緒に...
やっぱり この子と クリスマスしていました。
あまり甘いものを食べない系のアタシですが
シュークリームは好きなので 買って帰って
この日ばかりは jojo君にも ちょっとだけクリームをおすそわけ
二人で仲良く ひとつのシュークリームを かじかじしながら
ほっとカーペットの上で コロンコロンしながら
一緒にクリスマス してました。
今年は パパちんと3人で だったのにね...。
お正月も だよ...。
残念だね、jojo君...。

少し前に あごに 腫れ物ができ
癌かもしれないといわれ アタシは泣いたけど
全然 元気にしていて 気にする様子さえもなかったjojo。
年は一緒に越せるかな と思っていた。
まさか、12月を迎えることさえ できなくなるなんて....
思ってもみなかったよ

でも まだ体験したことのない 新しいお家での真冬は
すっごいすっごいすっごい寒い
と聞いていたし、そんなに すごく寒くなってから 体が悪くなってしまったら
きっと もっともっと 辛い思いをしなくてはならなかっただろうし...
とも 思ったりする。
キッチンでお料理するときも
玉ねぎやおネギが かけらでもとんでしまわないように気をつけて、
アタシの手に そういうのがついていないように
気をつけながら 近寄るjojoの頭を撫でて、
油や熱いお湯がとばないように 気をつけながら
お料理していました。
アイロンがけも 一切邪魔はしないjojoだったけれど
本当に気をつけて 気をつけて 作業したものでした。
こうして パソコンにむかっているときも
トコトコとやってきて 必ず 見上げて 「にゃあ」と言った。
アタシが パソコンに集中しすぎていると
大きなおててで とんとん とんとん とアタシの足をたたいたjojo。
塩分なしのだしじゃこ や かつおぶし 牛乳が減らなくなった

jojoくんの 使っていた 食器も ケージも タオルもひざかけも
いろんなもの まだまだ かたづけられそうにはない。
トイレは 最後にお掃除をしてからは
jojo君は もうトイレまでいけなくなっていたので
きれいなまんま....。
最後にjojo君を寝かせてあった場所、
一緒にいるときは あんまりわかんなかったけど
jojo君のにおいがする


でも それは 通っていた病院やお薬の匂いでもあるんだけれど。
だんだん そんな匂いも 日ごとに薄れてゆくかんじ。
やだな。
すごくやだな。
まだ だめ....
アタシ、全然 だめだ....

2009年11月24日 (火) | 編集 |
朝、目が覚めた瞬間に 悲しくて涙がでてしまう
いつもなら ふと気がつくと アタシの枕を占領してるjojo。
もしくは 「うにゃあ〜」と言って 起こしにきてくれるjojo。
でも もうそれらは 二度とないんだ...って実感する朝。
目が覚めて いきなり 悲しいのはやっぱり辛い。
ごめんね、パパちん。 朝から うっとおしい奴だな、アタシ
昨日、両親が アタシ達にと ケーキを持ってきてくれた。
父が「智子の好きそうなやつやと思うで」と言ってた。
箱を開けてみた。
こんなのがあった。↓
「あっ!プーさんだぁっ(嬉)」

パパちんが食べたのは これ。

甘いものが大好きなパパちんのことを考えてくれたのか、
食事がとれないようになってるかもなアタシを思って
これくらいなら 食べれるんちゃうか と思ってくれたのか
両親のあったかい気持ちに また泣けた
もう 涙腺は、完全に破壊されています。
そして 今日は
前々から約束していた 紀子ねーさんと
兄貴とのランチの日。
こんなことになって 延期しようか?と心配してくださったお二人でしたが
一人でずっといると 気も滅入るし、会いたいよぉ と
泣き出すかもしれない ウザイアタシのわがままに
結局、予定どーりに...
というより、付き合っていただくことに。(スミマセン
)
久しぶりに ちゃんと食べた気がした。
しかし アタシの体調を思って、
お二人はあっさりあったかお鍋を選択してくださいまして。
本当にありがとうございます

紀子ねーさんは 会ってすぐに一緒に涙してくださいました。
「あいちゃん(アタシのこと)にとっては 息子みたいなもんやろ?
16年、一緒に暮らして jojoが赤ちゃんの時から育っていくのを
みてきて...。
うちの息子とおんなじくらいの歳だし、重ねて考えてみたら
もう たまらない気持ちになるねん
」と言ってくださった。
まったくもって そのとおりの気持ちでした。
16歳と8ヶ月...のにゃんこ、人間でいうと もう80〜82歳の高齢だけど
赤ちゃんのときから 16年と8ヶ月 っていうと ちょうど高校生くらいまで
一緒に暮らした息子を 失った...みたいな気持ちなのでした。
パパちんも言ってた、最後の夜に。
アタシは パパちんは クールなのかと思っていた。
でも実は アタシにわからないように 何度も何度も泣いたって。
最後の夜に お布団の中で jojoの話をしながら はじめて聞いた。
パパちんは そのとき たぶん 涙をぬぐっていたように思う。
「僕は男だから わーわーとは泣かないけど
でも 何度も泣いたんだよ。
jojoと出会って 一年ほど。ここで一緒に暮らし始めて8ヶ月ほど。
っていう短い期間だったけど 僕には僕なりに思い出があったんだよ。
智子が仕事で遅くなる時、いない時、僕はいつもjojoと二人でいたんだもの。
あいつと一緒になにかをしていることもあったし、
男同士 別々に 過ごしているときもあったし...。
僕が なにかの作業をしているときなんか
「なになに?なにしてんの?」ってかんじで ずっと横にいて
邪魔は一切せず 僕のやることをじーっとじーっとみていたんだ。
あぁ、なんだか こいつも男の子なんだな って思ったよ。
僕達には 子供がいないし
あいつは 僕の息子のようなかんじに思ってさえいたんだよ。
寂しいなぁ。寂しいなぁ。」 と言っていました。
そうだったんだね、 そんな風に思っていてくれてたんだね。
息子みたいに 思っていてくれていたんだね。
ごめんね、ごめんね。 ありがとう。
そしてそして 紀子ねーさんは、
jojo君に供えてあげてねと おやつとおもちゃをくださいました。
うぅぅぅっ
ほんとにほんとにありがとうございます。
帰ってきて 一人になって また悲しくなってきた。
だめだなぁ...。
ずっと泣いてばかり...。
もしくは ぼんやり....。

いつもなら ふと気がつくと アタシの枕を占領してるjojo。
もしくは 「うにゃあ〜」と言って 起こしにきてくれるjojo。
でも もうそれらは 二度とないんだ...って実感する朝。
目が覚めて いきなり 悲しいのはやっぱり辛い。
ごめんね、パパちん。 朝から うっとおしい奴だな、アタシ

昨日、両親が アタシ達にと ケーキを持ってきてくれた。
父が「智子の好きそうなやつやと思うで」と言ってた。
箱を開けてみた。
こんなのがあった。↓
「あっ!プーさんだぁっ(嬉)」

パパちんが食べたのは これ。

甘いものが大好きなパパちんのことを考えてくれたのか、
食事がとれないようになってるかもなアタシを思って
これくらいなら 食べれるんちゃうか と思ってくれたのか
両親のあったかい気持ちに また泣けた

もう 涙腺は、完全に破壊されています。
そして 今日は
前々から約束していた 紀子ねーさんと
兄貴とのランチの日。こんなことになって 延期しようか?と心配してくださったお二人でしたが
一人でずっといると 気も滅入るし、会いたいよぉ と
泣き出すかもしれない ウザイアタシのわがままに
結局、予定どーりに...
というより、付き合っていただくことに。(スミマセン
)久しぶりに ちゃんと食べた気がした。
しかし アタシの体調を思って、
お二人はあっさりあったかお鍋を選択してくださいまして。
本当にありがとうございます


紀子ねーさんは 会ってすぐに一緒に涙してくださいました。
「あいちゃん(アタシのこと)にとっては 息子みたいなもんやろ?
16年、一緒に暮らして jojoが赤ちゃんの時から育っていくのを
みてきて...。
うちの息子とおんなじくらいの歳だし、重ねて考えてみたら
もう たまらない気持ちになるねん
」と言ってくださった。まったくもって そのとおりの気持ちでした。
16歳と8ヶ月...のにゃんこ、人間でいうと もう80〜82歳の高齢だけど
赤ちゃんのときから 16年と8ヶ月 っていうと ちょうど高校生くらいまで
一緒に暮らした息子を 失った...みたいな気持ちなのでした。
パパちんも言ってた、最後の夜に。
アタシは パパちんは クールなのかと思っていた。
でも実は アタシにわからないように 何度も何度も泣いたって。
最後の夜に お布団の中で jojoの話をしながら はじめて聞いた。
パパちんは そのとき たぶん 涙をぬぐっていたように思う。
「僕は男だから わーわーとは泣かないけど
でも 何度も泣いたんだよ。
jojoと出会って 一年ほど。ここで一緒に暮らし始めて8ヶ月ほど。
っていう短い期間だったけど 僕には僕なりに思い出があったんだよ。
智子が仕事で遅くなる時、いない時、僕はいつもjojoと二人でいたんだもの。
あいつと一緒になにかをしていることもあったし、
男同士 別々に 過ごしているときもあったし...。
僕が なにかの作業をしているときなんか
「なになに?なにしてんの?」ってかんじで ずっと横にいて
邪魔は一切せず 僕のやることをじーっとじーっとみていたんだ。
あぁ、なんだか こいつも男の子なんだな って思ったよ。
僕達には 子供がいないし
あいつは 僕の息子のようなかんじに思ってさえいたんだよ。
寂しいなぁ。寂しいなぁ。」 と言っていました。
そうだったんだね、 そんな風に思っていてくれてたんだね。
息子みたいに 思っていてくれていたんだね。
ごめんね、ごめんね。 ありがとう。
そしてそして 紀子ねーさんは、
jojo君に供えてあげてねと おやつとおもちゃをくださいました。
うぅぅぅっ
ほんとにほんとにありがとうございます。帰ってきて 一人になって また悲しくなってきた。
だめだなぁ...。
ずっと泣いてばかり...。
もしくは ぼんやり....。
2009年11月23日 (月) | 編集 |
昨日 病院からつれて帰ったときには
まだ温かくて やわらかい にゃんこのままでしたが
時間の経過とともに だんだんと冷たく硬くなってゆきました
でも 本当に綺麗な姿でした。
お顔も笑っているようで、今にも 体を起こして「にゃあ」と
言ってくれそうな....いつものまんまの綺麗な姿でした。
そして昨夜は 本当に一緒に過ごす最後の晩となり
パパちんもアタシも jojo君のことを
たくさん撫でてあげ、たくさん話しかけてあげました。
今朝、パパちんは出勤時間なのに
やっぱり なかなか 出かけられない風で
何度も何度も jojo君を撫でて
「ありがとうな、いってくるな、ほんまにほんまにバイバイやな、jojo君」
と 言っていました。
その後 しばらく jojo君と二人の時間を過ごし、
お昼からの 供養の準備をしていました。
大阪から アタシの両親も来てくれて
立ち会ってくれるということになり、駅までお迎えにゆきました。
駅前で 少しお茶を飲んでから うちへ向かいました。
jojo君と対面し、母は号泣、父は静かに涙を流しておりました。
元気な姿でもう一度会いたかった...と
綺麗なままの姿だと...
でも最後にこうして 会えてよかった...と
今まで 本当にありがとう....と。
天国で ゆっくりしたり、いっぱい遊んだりしておいでよー...と。
言いながら 泣いていました。
そうして 3人で お別れを言って 時間がやってきたので
jojo君を 新しい真っ白なバスタオルと
昔、妹ナヲにもらった 愛用のバスタオルとに
赤ちゃんのようにくるんで 箱にいれてあげました。
母が 可愛いお花を買ってきてくれていたので添えました。
少しばかりの ドライフードも紙に包んで添えました。
車まで運ぶjojo君の入ってる箱は
やっぱり 相変わらず とても重くて
でも じーんと 心がいいました。
霊園(斎場)は うちからほんとに近くでした。
紅葉がとても綺麗な 場所でした。
春には 桜がとっても綺麗なんだそうで..。
斎場で お線香をあげて 最後の最後のお別れをし、
名残惜しいけど 離れたくないけど
すっごく 嫌だったけど
大泣きしながら 立ち去りました。
その後 職員さんに 納骨場所に案内していただきました。
日当たりもよく とても綺麗なところでした。
もう 今頃はお空高くに いってるんだろうか...。
jojo君のお父さん、お母さんや兄弟達(5匹兄弟でした)に
会えただろうか...。
今日は斎場には jojo君以外に 4体分の箱(棺)があったので
新しいお友達と仲良く一緒に お空に行っただろうか...。
色々考えて こうしたけど 一人ぼっちでお空に行くよりいいよね。
昨日まで とても寒かったのに 冷たい雨も降っていたのに
今朝は まだ寒くて 霧も深かったのに...
霊園へむかう頃には すっかり晴れて お日様が。
気温もあがり
ぽっかぽか
年老いたアタシの両親が寒さにこたえないようにと
jojoがそうしてくれたのかな とか思ったり。
亡くなるときもそうでした。
久々にパパちんとアタシが揃ってお休みの日を
待っていたかのようでした。
アタシたちが揃って 最期のときを見届けてあげることができました。
そして 冷たい雨が降る前に 病院に行き 帰ってこれました。
引越しをしたアタシんち、実家の両親は 場所がよくわからなくて
若干 疎遠気味でしたが 悲しいことだけれど、jojoのおかげで
今日 うちにくることができ 場所も道もしっかりわかったし
これからは 来れる...と言っていました。
他にも 色々...
なんだか jojoに 頑張りなさい! みんな仲良く!
と あらためて 言われた気がしたりしてます。
jojo君は 結局のところ 腎臓の状態がよくなくて
亡くなった ということみたいです。
亡くなる直前の一日入院をした二日間、
病院では 絶対におしっこをしなかったjojo。
お医者様は おっしゃっていました。
弱っていても トイレは 絶対きまったところでしたい という
パニックになることもなく 意思のしっかりした子でしたね。
心臓も強く 最後まで しっかりと動いていました。
と。
とても苦しそうに見えたのは ほんとに最後の日だけでしたが
本当は ずっと苦しかったのかもしれない。
辛かったのかもしれない。
もっと ああしてあげればよかった こうしてあげればよかった と
色々 思って 心がいたむけれど....。
そんなことを考えたり 楽しかった思い出や
可愛かったしぐさや表情を思い出したりしては
いっぱいいっぱいいっぱい涙が出てきます。
おうちに帰ると 特に一人になると
おうちのあちこちに、いろんなことに
jojoの面影がたくさんあって 胸が痛くなります。
いつまでも泣いていては jojoが心配するから...と
思うのですが....
今日は ごめんね、泣かせてくださいね
くるくるお目目に あいたいよ。
かわいい声が 聞きたいよ。
大きいおててで とんとんってしてほしいよ。
ふわふわjojoを抱きしめたいよ。
追いかけっこもしたいよ。
一緒に日向ぼっこもしたいよ。
一緒に お昼寝もしたいよ。
妹ナヲからのメールにこんな言葉がありました。
お姉ちゃんが ひとりぼっちでなくてよかった。
お義兄さんがいてくれてよかった。
きっと jojo君もそう思ってるよ。
今日(jojoが亡くなった日)は 偶然にも「いい夫婦(11月22日)」の日、
きっと jojo君は 自分の役目を お義兄さんに
バトンタッチしたんだね。 きっと そうだね。 と。
jojo君の通っていた病院の診察券です。
かわいいですよねー。
裏には ナンバーやお名前が書いてあります。
先生、ありがとうございました

まだ温かくて やわらかい にゃんこのままでしたが
時間の経過とともに だんだんと冷たく硬くなってゆきました

でも 本当に綺麗な姿でした。
お顔も笑っているようで、今にも 体を起こして「にゃあ」と
言ってくれそうな....いつものまんまの綺麗な姿でした。
そして昨夜は 本当に一緒に過ごす最後の晩となり
パパちんもアタシも jojo君のことを
たくさん撫でてあげ、たくさん話しかけてあげました。
今朝、パパちんは出勤時間なのに
やっぱり なかなか 出かけられない風で
何度も何度も jojo君を撫でて
「ありがとうな、いってくるな、ほんまにほんまにバイバイやな、jojo君」
と 言っていました。
その後 しばらく jojo君と二人の時間を過ごし、
お昼からの 供養の準備をしていました。
大阪から アタシの両親も来てくれて
立ち会ってくれるということになり、駅までお迎えにゆきました。
駅前で 少しお茶を飲んでから うちへ向かいました。
jojo君と対面し、母は号泣、父は静かに涙を流しておりました。
元気な姿でもう一度会いたかった...と
綺麗なままの姿だと...
でも最後にこうして 会えてよかった...と
今まで 本当にありがとう....と。
天国で ゆっくりしたり、いっぱい遊んだりしておいでよー...と。
言いながら 泣いていました。
そうして 3人で お別れを言って 時間がやってきたので
jojo君を 新しい真っ白なバスタオルと
昔、妹ナヲにもらった 愛用のバスタオルとに
赤ちゃんのようにくるんで 箱にいれてあげました。
母が 可愛いお花を買ってきてくれていたので添えました。
少しばかりの ドライフードも紙に包んで添えました。
車まで運ぶjojo君の入ってる箱は
やっぱり 相変わらず とても重くて
でも じーんと 心がいいました。
霊園(斎場)は うちからほんとに近くでした。
紅葉がとても綺麗な 場所でした。
春には 桜がとっても綺麗なんだそうで..。
斎場で お線香をあげて 最後の最後のお別れをし、
名残惜しいけど 離れたくないけど
すっごく 嫌だったけど
大泣きしながら 立ち去りました。
その後 職員さんに 納骨場所に案内していただきました。
日当たりもよく とても綺麗なところでした。
もう 今頃はお空高くに いってるんだろうか...。
jojo君のお父さん、お母さんや兄弟達(5匹兄弟でした)に
会えただろうか...。
今日は斎場には jojo君以外に 4体分の箱(棺)があったので
新しいお友達と仲良く一緒に お空に行っただろうか...。
色々考えて こうしたけど 一人ぼっちでお空に行くよりいいよね。
昨日まで とても寒かったのに 冷たい雨も降っていたのに
今朝は まだ寒くて 霧も深かったのに...
霊園へむかう頃には すっかり晴れて お日様が。
気温もあがり
ぽっかぽか
年老いたアタシの両親が寒さにこたえないようにと
jojoがそうしてくれたのかな とか思ったり。
亡くなるときもそうでした。
久々にパパちんとアタシが揃ってお休みの日を
待っていたかのようでした。
アタシたちが揃って 最期のときを見届けてあげることができました。
そして 冷たい雨が降る前に 病院に行き 帰ってこれました。
引越しをしたアタシんち、実家の両親は 場所がよくわからなくて
若干 疎遠気味でしたが 悲しいことだけれど、jojoのおかげで
今日 うちにくることができ 場所も道もしっかりわかったし
これからは 来れる...と言っていました。
他にも 色々...
なんだか jojoに 頑張りなさい! みんな仲良く!
と あらためて 言われた気がしたりしてます。
jojo君は 結局のところ 腎臓の状態がよくなくて
亡くなった ということみたいです。
亡くなる直前の一日入院をした二日間、
病院では 絶対におしっこをしなかったjojo。
お医者様は おっしゃっていました。
弱っていても トイレは 絶対きまったところでしたい という
パニックになることもなく 意思のしっかりした子でしたね。
心臓も強く 最後まで しっかりと動いていました。
と。
とても苦しそうに見えたのは ほんとに最後の日だけでしたが
本当は ずっと苦しかったのかもしれない。
辛かったのかもしれない。
もっと ああしてあげればよかった こうしてあげればよかった と
色々 思って 心がいたむけれど....。
そんなことを考えたり 楽しかった思い出や
可愛かったしぐさや表情を思い出したりしては
いっぱいいっぱいいっぱい涙が出てきます。
おうちに帰ると 特に一人になると
おうちのあちこちに、いろんなことに
jojoの面影がたくさんあって 胸が痛くなります。
いつまでも泣いていては jojoが心配するから...と
思うのですが....
今日は ごめんね、泣かせてくださいね

くるくるお目目に あいたいよ。
かわいい声が 聞きたいよ。
大きいおててで とんとんってしてほしいよ。
ふわふわjojoを抱きしめたいよ。
追いかけっこもしたいよ。
一緒に日向ぼっこもしたいよ。
一緒に お昼寝もしたいよ。
妹ナヲからのメールにこんな言葉がありました。
お姉ちゃんが ひとりぼっちでなくてよかった。
お義兄さんがいてくれてよかった。
きっと jojo君もそう思ってるよ。
今日(jojoが亡くなった日)は 偶然にも「いい夫婦(11月22日)」の日、
きっと jojo君は 自分の役目を お義兄さんに
バトンタッチしたんだね。 きっと そうだね。 と。
jojo君の通っていた病院の診察券です。
かわいいですよねー。
裏には ナンバーやお名前が書いてあります。
先生、ありがとうございました





